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07.28.Saturday 2018

赦すという勇気

7月26日は、マヤ歴では新年だそうです。

この記事、26日に書き始めています。
私にとって、やはり新年と思うから。

前回のブログ(火焔龍と咲耶ちゃんの話 全4回)を書いた後、しばらく記事が途絶えてしまいました。
別に具合が悪かったわけでも、サボっていたわけでもないのです。。。(笑)

あれから何やら心がスッキリせず。。。例えるならば、靴の中に小っちゃな石が入ったままのような??
大概のものは取っ払ったつもりだったのに、「何かあるよなー」って。

頭で考えるのが嫌になり、ただただ肉体を使いたくなり、山に登ったりしておりました。

前回までのブログの中で、私が怒りを感じていた、ある方に対して、「私のくだらない対外的イメージをひっぺがして下さった」と書きました。

今でもそう思っています。

・・・が、とても書きにくいことだし、自分でも認めたくなかったことがあります。

それは、「女性として傷ついていた」ということ。
実は、ここでも先の、私が怒りを感じていた方が関わっています。
因縁ですかね(笑)

なので、ある部分では、その方に感謝出来ていても、最後の最後では、ちゃんと赦し切れていないのですね。

それは私が、自分の感情と向き合いきれていなかったからです。

2018.07.27yurushi2

私は、「傷ついた」とか「傷つけられた」なんて言い続けることは、あまり意味がないなぁと思っていて。。。

何故なら「傷つけられた」と思っている私だって「誰かを傷つけている」可能性もあるのですから。
でも、その気持ちが強いがために、「傷ついた自分」を、しっかり認めなかったのです。
それで拗らせた(笑)

傷つけたあの人には、私を傷つける理由(心の傷)があった。
あの人には心の傷があるのだから、私はそれを理解します。
だから私は大丈夫。

それって、一見美しいことのように思えますが、単に「頭で理解」しているだけのことで、ただの良い子ぶりっこみたいな??(笑)

自分の傷を見ないようにして、相手を赦せるわけがないです。
それはニセモノの赦しです。

なので、「いやいや・・・私はしっかり嫌な思いをしましたよ」と、今回は言ってしまおうと思います。
かなり気持ちを振り切って書いてます。

ことの次第はというと。

私は娘のこと(ざっくり言うと健康面のこと)で、ある方のお世話になっていました。

その方は男性であり、立場的に私より上の方。。。あまり細かく書くと、人物が特定されるので控えます。
つまり、私が積極的には抵抗できないような人です。

ここまでの情報は、前回までのブログにも記していると思います。

話を先に進めます。

大まかに言うと、以下のようなことがありました。

・あとあと考えれば、電話で話せば済むような内容のために、何度もお会いし、お茶をしたり食事をした。

・お茶や食事の席では、世間話七割、娘のこと三割。特に変なことを言われたというワケではない。

・とある出来事があり、その際、その方の私に対する凄まじい執着心を感じてしまい、その方と会ってお話することに疑問を持ち始めた。

・周りの人に相談してみたら「話の内容的に、会う必要ないし。それ、フツーにおデートだから!!」と言われた。

人によって、受け取り方は違うと思います。

別に変なことを言われた訳でも、された訳でもない。
もちろん、その方とお会いすることは、主人にも話しておりましたし。

「会ってお茶して、食事くらい、何か問題?」って思われる方もいると思います。
仮にその男性をAさんとしますが、Aさんの心の内は、ご本人にしか解りませんし。

でも、私は自分の「何か変?」というザワザワが、「やっぱり事実、変だった」という確信に変わった時、とてつもない嫌悪感に襲われました。

気持ち悪い。
申し訳ないけど、これが正直な感情なのです。

若い時とかには、フツーにいろいろありましたよ。
上司のおじさんに、ふざけてセクハラっぽい事とか言われたり。
でもそういうのって、逆に解りやすいし、「冗談じゃないっす」って言えるものです。

相手も完璧ふざけているワケだし。そんなのは、許せる範囲です。
いや、それだって、ちょっとは気持ち悪かったけど(笑)

今回のは、心はザワついていながら、「冗談じゃないっす」とは言えなかった。
何故なら「会わねばならない、もっともらしい理由」があり、「会って下さい」と、「大変もっともらしく」言われたから。

あと、話の内容が、娘のことであったというのも大きかったように思う。

されたその時には気付かず、後になって、ジワジワと傷つけられていたことに気が付く時って。。。とても気分の悪いものです。直接的な傷つけられかたよりも、かえって傷が深いかも。

気付いてしまった後の、私のAさんに対する不信感や怒りは大変なものでしたし、自分の愚かさや弱さにも腹が立っていました。

・・・と、こんな感じの出来事があったのです。

長々と書き綴ってしまいましたが、別にAさんを責め立てようとか、そんな気持ちは無いのです。

ただ、私は人に対して怒りの感情を持ち続けたくない。私には、そんな時間は無いのです。

この感情は、私のやりたいこと、やらねばならないこと、行きたいところへ行くための、邪魔でしかないのです。

「邪魔」ということばの意味。身にしみています。
邪・・・正しくない。ねじ曲がった
魔・・・心を惑わすもの。修行を妨げるもの

Aさんが私の「邪魔」をしたワケではないのです。
邪魔は私の心の中に存在する醜い塊です。
自分の中から全てを生んでいます。

私は今、まさにこの「邪魔」と向き合っています。
そして未だ、このデカい塊を融かしきれていない。

ここ数か月、向き合い続けているのものに対し、心に決めたことがあります。

それを次回、書いていきます。

2018.07.27yurushi1