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02.08.Friday 2019

狛犬から考察する女性エネルギー 吽形

こんにちは。
2回シリーズ「魂の帰還ING」の続編の前に、少し脱線させて下さい(#^^#)

前回、叶神社の狛犬の話を書きましたが、狛犬に関して気付いたことがあり、自分のメモ代わりに♡

よろしければお読み下さいね。

通常、狛犬は一対になっており、口を開いている方が「阿形あぎょう」、閉じている方が「吽形うんぎょう」と呼ばれるそうです。阿形が雄で、吽形が雌と言う説、両方とも雄であるという説、性別はないという説・・・いろいろあるようです。

阿吽は、サンスクリット語のアルファベットの最初と最後の文字を意味し(阿が初め、吽が最後)、阿吽とは「初めから終わりまで」を意味するとのこと。この「初めから終わりまで」という考え方から、仏教では「この世に生まれて悟りを求め、涅槃に至ることが阿吽の意味」とされているそうです。

私はよく、葉山の森戸神社に行くのですが、そこの狛犬さんを眺めていて、ふと感じたことを書いてみます。
森戸神社では、向かって左側に「吽形」の狛犬さんがおり、右脚でチビ狛犬を踏みつけています。

私はこちらに「雌・お母さん」を感じました。
子どもを踏みつけているこの様子、皆さんもよく見かけるのではないでしょうか?

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私はこの光景を見るたびに「子どもを踏みつけるって、何故?」という疑問を持っていました。

今、感じるままに書いてみますね。

人間って、自分の目に映る対象を「外のもの」として捉える。外のものとして捉えた瞬間に、執着・嫌悪・コントロール欲求諸々、負の感情に囚われ始めます。

面白いのは、唾液や尿や便だって、自分の「内」から出たものと知っていながら、汚物として扱いますよね?嫌悪しちゃう。
例え悪かったか? すみません。

さて、母親にとって子ども。
10か月以上、お腹の中で育てて。。。出産した瞬間、子どもが自分の「外」となる。

外となった瞬間に、子どもに対して、執着やコントロール欲求が生じる。

私の場合はそうでした。
違う方もおられると思います。そういうお母さんのお子さんは、幸せです(#^.^#)

お母さんという立場からも、又、自分が子どもとしての立場からも、両方から観察してみると。。。
この「お母さんからの執着・コントロール」ってきっついですよね!!(笑)

いやいや。愚か者の私は、つい最近まで、娘にこれを思い切りやってました((+_+))

そして、私と同じような経験を持つ皆さま!!
もれなくそうであろうと思いますが、私自身も母親からきつい呪縛を受けておりました(笑)

この呪縛の凄いところは。。。縛っている方も縛られている方も、気付かない、もしくは気付かないふりをするってこと。

呪縛の最もポピュラーな文言は「あなたのためを思って言ってるの」ですかね(笑)
いやいや。「お母さんにとって良いことと、私にとって良いことは、大体において違うよ」って目が覚めちゃえば判るのですが。

生まれた瞬間から、一生懸命自分のお世話をしてくれるお母さん。けなげな子どもは、「お母さんを泣かせたくない。お母さんを幸せにしたい」って思うから、お母さんの「あなたのためを思って」という呪縛を受け入れてまうのですね。

お母さんも。自分のお母さんから呪縛を受けている場合が多いから、何が自分の幸せか、何が子どもの幸せかが解らないまま、自身も受け続けていた呪縛の言葉「あなたのため」という文言で子どもを縛ってしまうのです。無意識に。

このず~っと続いていくであろう恐ろしい縛りは、誰かが勇気をもって断ち切らなければなりません!(^^)!

だって、子どもが縛られて不自由で、真に幸せそうに見えなければ、お母さんだって本当は不自由で不幸なんです。

勇気を出して、自分が本当はそうして欲しかったように、子どもへの執着を手放す。
これを実行すること、私は最初、とても勇気がいりました。

私の場合は、子どもを自分の「外」としないで「内」と考えることで、「大丈夫だ」と肚が座りました。
そうすると、子どもに対して不要な心配をしなくなる。

外界は全て自分の鏡。子どもも自分の鏡。自分が心穏やかに幸せな道を歩むならば、子どもも必ずそうなるって信じること。
これがコツかな?

そもそも、外界を「内」に反転させて捉えることに、私たち慣れていませんよね。
反転させるには、相手をよく観察することが、とても大切でした。(エゴは抜きで)

自分が執着している何か。コントロールしようとしている誰か。
その対象をよく見てみると、生きにくい「自分の」顔が映しだされます。

私の場合。縛られている娘の顔は、自分の苦しい顔とぴったり一致しました。鏡です。

自分を苦しめているのは自分だったと判った瞬間、「あ。やめよう」って、すんなり思えます。
なので、相手をよく見ることを恐れずやってみる!!

因みに、子どもを心の内に入れて解放するとき、お母さんも実は解放されます。
解放しないままだと、子どもは苦しくてエネルギーが枯渇するし、それを見ているお母さんも実は枯渇します。

お互いのエネルギーと可能性を喰い合う関係。
共食いみたいになってしまいますね。怖い怖い。

相手をよく見ることで、「鏡の法則」に気付く。
もちろん親子関係のみに限らず、相対する全ての人に対して鏡の法則を使う。

これが出来たら凄いなぁ。。。と思っています。

この作業をやり続けることが人生なのかも。
外界を内に入れて自分が幸福になってゆく作業。
その結果、外界に幸福が満ち溢れていく。。。という終わらぬ循環。

しかし相手をエゴ抜きで見ることって、とても難しいものです。
そして、その難しさを一番感じてしまのが、「母が子どもを透明な目で見る」時なのかも。

何せ、かつては自分の一部だった存在ですから。
母にとって、子どもは最も執着を感じてしまう存在なのでしょう。

「私が思う幸せは、この子も幸せと思うはず」っていう幻想。
子どもを観る目がエゴで濁りまくる罠!!ですね。

で。。。狛犬さんの話でしたが(笑)

左側の吽形の狛犬。チビ狛犬を踏みつけているさまは、鏡の法則を使いこなして「本当の自由」を獲得した姿。

真に解放された女性の姿を感じるのでした(#^.^#)

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外界に観るものは「全て自分に因がある」と認める。。。それって、とても潔い生き方です。
そして全て受容する、広い心を感じます。

それは本物の母性・女性性ですね。

続編で、右側の阿形の狛犬についても書いてみますね。